今年からご支援することになった、食品加工業のお話です。代表者のM社長は、非常にバイタリティが高く、商品開発に熱心な方で、自社の強みである食品加工技術や設備に自信と誇りを持っておられます。
商品やサービスを開発するときにおさえておきたい概念として、「プロダクトアウト」と「マーケットイン」があります。「プロダクトアウト」とは、自社の技術や製造設備といった売り手側からの発想で、商品開発・生産・販売といった活動を行っていこうとすることを指し、「マーケットイン」とは、市場や消費者の声を聴き、買い手が必要とするものを提供していこうとすることを指しています。
この「プロダクトアウト」と「マーケットイン」は、時に背反するものとして二元論で語られることがあります。また、「マーケットイン」と比較して、「プロダクトアウト」は、市場や消費者ニーズを考えていない、モノが不足していたころの売り手都合の古い考え方である、というような論調も耳にします。果たして、この二つの概念は背反するものであり、プロダクトアウトは「古い」のでしょうか。
フォードモータース社創始者であり、T型フォードにより産業と交通に革命をもたらしたヘンリー・フォード氏は、「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」という言葉を残したそうです。
また、アップル社創始者であり、MacやiPhoneの生みの親と知られるスティーブ・ジョブズ氏は、「多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。」という言葉を残したそうです。
これらの言葉は、「マーケットイン」の概念だけでは、市場や消費者の既成概念の枠を打破することはできず、「プロダクトアウト」の概念なくして、自動車やスマートフォンのような革新的な商品は生まれなかったことを示唆しています。
言い換えれば、「マーケットイン」が、「顕在化されたニーズ」に対応するものであるのに対し、「プロダクトアウト」とは、新しい価値を創造し「潜在的なニーズ」に対応するもの、と言えるのではないでしょうか。
つまり、「プロダクトアウト」と「マーケットイン」は、新旧で比較できるものでも、背反するものではなく、いずれも根底には市場や消費者のニーズが存在しており、売り手側の「こういう商品を提供していきたい。」と、買い手側の「こういう商品があったらいいな。」を双方向で融合していくことで、「顧客に選ばれる」ビジネスモデルを構築していくことが重要なのではないかと筆者は考えております。
前述の食品加工業に話を戻します。M社長は来年度に向けた新商品の試作を筆者に見せてくれました。その試作品は、自社の強みを発揮しながら、コロナ禍で新たに発生する仕入チャンスを逃さず、巣ごもりやお一人様といったニーズをつかんでいこうとする、まさしく「プロダクトアウト」と「マーケットイン」が融合された意欲作であると感じました。
M社長は筆者に試食を促しながらこうおっしゃいました。
「最も重要なのは、味でも価格でもない。『顧客に選ばれる』ことだ。そうじゃないかね?森さん。」
筆者はその言葉に大きく頷きながら、理念を共有できるM社長と一緒に、新商品のビジネスモデルを練っているところです。
中小企業診断士 森正樹