「ここはやはり、設立当初の目標の第一歩である名古屋市中心部に進出したいと思います。」
この前向きな一言を発した瞬間のなんとも表現しがたい「やっちまった!?」という感じは後々現実となるとはその時は思ってもいなかったのである――。
5月某日、当社も2期目の決算報告を迎えた。『適正な価格で最良のサービスを提供する』といった理念のもと、設立当初は車座でひざを突き合わせて議論を重ねていた当社であったが、おかげさまで順調に成長し、利益を確保できる内容であった。そこで本日の議題は、その利益をどうするのかといった内容である。今後のために内部留保とするか、あるいは投資することにするか。白熱した議論は一向に収まる気配がない。そこで私が発した冒頭の一言である。
あっという間に議論は決した。そう。名古屋市中心部に進出することになったのである。私は安堵した。皆の同意を得られたのだ。そして、設立当初の目標の一つである中心部への進出というと実感することができた。遠くない将来、ビルのテナント一覧に“名古屋事業再生合同会社”と掲げられているのを見る自分の姿を思い浮かべつつ「いい発言をしたなぁ」と一人悦に入っていたのである。若干ニヤけていたかもしれない。「やっちまった!?」という感じは杞憂であったのだ。それどころか、そんな感覚など忘却の彼方に追いやるほどの喜びに浸っていたのである。
「じゃあ、その目標を達成するために、本日付で総務部長に復任。中心部進出に関してはすべて君に任せるから。よろしく。」
あ、あれれ?
「う、うんきっと僕じゃないな。」とわずかばかりの期待感を胸に周りを見渡してみたが、皆が期待に満ちた目でこちらを見ている現実は変わらなかった。こここ困ったな。一人暮らしのときに部屋を探したことはあるけど、事務所なんて探したことないぞ。どどどどうしよう。加えて個性的な社員16人に納得してもらえるテナントなんてあるのかな。てか、おれって総務部長だったっけ?
「わかりました。頑張ります。ありがとうございます。」
ここまで3秒。若干混乱しつつも「やるしかない。」と思うことができたのは、やはり私の初心のひとつである「返事はいつもハイかYES」という貴重な教えのおかげなのである。
つづく
中小企業診断士 東野礼