親族に次世代後継候補がいない経営者は、自らの身の引き際が意外と難しいことに気づく。
先日金融機関経由で診断した製造業もそうだった。A社は大手工作機械メーカーの組立工程の一部を受託している。通常は機密のメーカー標準図を何故か管理しており、生産依頼はその図番指示と製作数と納期だけで済む。作った部品を発注元へ納品するだけでなく機体へ直接組付け試運転もして品質保証するため、発注側はあたかも社内へ生産指示するが如くの利便性である。このビジネスモデルで類似業種の倍の限界利益率を獲得し収益力は元々高い。 しかし少数の大企業との取引は、景気変動に大きく影響を受け、殆ど仕事が無かったコロナ禍期間中の累積赤字を挽回し、債務超過を今期ようやく解消したところである。
かねてよりA社社長は自らが60歳を過ぎてから自社の行く末を案じ、最大顧客のB社に役員待遇で処遇するからと管理職を派遣要請したが断られている。定年を過ぎたシルバーならできなくはないそうだが自分と同世代を招いても問題解決にならない。現時点では50歳代のリーダー社員のCさんと将来を語り合っているとのこと。「それでCさんには会社を継いでほしいとはっきり言ったのですか?」と尋ねると「いや、未だ言えていない。社員1名が家業を継ぐため辞めるのでその欠員補充できてから言うつもりだし、もうCはうすうす気づいているはずだ…」と歯切れがやや悪い。
小規模企業A社の上記の業務は専門性が高く、資格学歴よりも緻密な作業の集中力が要るため、適任者を採用し定着させるのにとても苦労している。「欠員補充が完了してからの退任でもちろん良いので先に後継者を確定し、とにかくC取締役の肩書の名刺を刷って得意先へ挨拶回りを始めた方が良いですよ」と重ねて申し上げたが、A社社長は社内体制の整備が先であり、若い頃に好きな人へ告白した時よりも相当慎重である。
確かにCさんに断られたらショックは失恋以上かもしれないが、ここで非常に気になるのはB社に後継者不在を白状してしまっていることである。自動車部品のサプライチェーンも然り、多くの有力メーカーでは仕入先の存続性を極めて重要視しており、実際の運用は別としても後継者不在企業とは取引を止める旨を内規で定めている。後継者が決まらないことで直ちに取引停止にはならないがB社も同様に、重い腰をあげて別の仕入先D社を探し始めるだろう。もちろんD社のQCDはA社より劣っているが根気よく指導育成するに違いない。そうして数年を経て、めでたくA社の社長交代が完了した頃には強力なライバルD社が台頭しており、A社はかつてと同様の売上げは見込めなくなっている。
それともう一つ、黒字企業の株式譲渡に相当の費用が掛かることもCさんは伝えられていない。ざっとA社の企業価値を試算したところ5千万円であった。例え世話になったオヤッサンの願いを意気に感じて引き受けたCさんであっても、オーナー社長になるため巨額の借入を起こす必要を悟れば考え直すかも知れない。本来地域密着の中小企業に勤める人は、目下の生活の安定が優先であり、リスクを取って(わざわざ)企業家になろうとする人は稀である。
従って、小規模企業の従業員によるMBOは一般に成立が難しく、無理とわかったら落胆せず直ちにM&Aへの方針変更を改めて助言した。A社なら買い手がつき易いと予想するので円滑な事業承継が期待できる。引き続きのご依頼をお待ち申し上げている次第である。